小督 後シテの一声より駒之段
帝の命を受け、仲國は小督の局を探して此処彼処と秋の嵯峨野を馬で駈ける。折しも十五夜の名月、彼女が弾くであろう琴の音と片折戸(粗末な家の門)を手がかりに。やがて峯の嵐や松風の音に紛れて想夫恋(そうぶれん)という琴曲が耳に届き、小督の局の隠れ家へ辿り着く。
詞章
あら面白の折からやな。三五夜中の新月の色。二千里の外も遠からぬ。
叡慮畏き勅を受けて。心もいさむ駒の足並。夜のあゆみぞ心せよ。
牡鹿なく。この山里と詠めける。
嵯峨野の方の秋の空。さこそ心も澄み渡る片折戸を知るべにて。
名月に鞭をあげて。駒を早め急がん。
賎が家居の仮なれど。若しやと思ひここ彼処に。駒を駈寄せ駈寄せて
控へ控へ聞けども琴彈く人はなかりけり。
月にやあくがれ出で給ふと。法輪に参れば琴こそ聞え来にけれ。
峯の嵐か松風かそれかあらぬか。尋ぬる人の琴の音か楽は。
何ぞと聞きたれば。夫を想ひて恋ふる名の想夫恋なるぞ嬉しき。